『フラワーリングハート』で、悪のラスボスが
「世襲王朝の女帝(王妃)」に 設定されていたのは、
第一義には 朴槿恵大統領への風刺だったのだろう。


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しかし、その王妃の名前が
「カンナビス」(=大麻)というのは、
「大麻解禁」を訴える日本の首相夫人、
安倍昭恵のパロディの意を
あるいは兼ねていたのかも知れない。

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韓国版プリキュア?と見せかけて、
実はハードな社会派テーマに切り込んでいた、
『フラワーリングハート』1期。

作中、韓国の名物や名所紹介などは
随所に出てきたけれども、
韓国の初等学校(=小学校)の教室で
必ず掲げられているはずの「国旗」は、
意図的に、映さないように作画されていた。

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 朝鮮王朝時代、日帝強占期、
軍事政権時代、そして民主化以降を
ひとつながりの歴史として捉えながら
自国の「負の側面」と向き合って
しっかり清算し、改良していこう、
子どもたちに明るい未来を遺そう、
という視点を、『フラワーリングハート』は
明確に持っていたと思う。

「誰それが悪い」
ではなく、
「自分自身の道を歩んでいこう、
みんなで共に歩める社会を作っていこう」
という前向きなメッセージも、
こうした視点から生まれたものだ。

だから、仮に「カンナビス王妃」が
アッキーのパロディであったとしても、
これを単純な「反日愛国宣伝」だと
受け止めるべきではない。

思えば、韓国や他の東アジア諸国の
近代への目覚めと対峙は、
「麻薬との戦い」を契機としたものだった。

「貿易の自由」を大義名分に
振りかざしたイギリスと、
中国・清王朝との間に起きた
「アヘン戦争」
(西暦1840-1842)が、それだ。


アヘン戦争に敗れた中国は
西洋列強によってアヘン漬けにされ、
ズルズルと国土を侵略されていった。

一方、アヘン戦争に驚いた 日本と李氏朝鮮は、
アヘンの輸入を防止する処置を取って
ひとまずは麻薬禍の拡大を免れた。

しかし、朝鮮よりいち早く
近代化に踏み出した日本は
アヘンから抽出される モルヒネの薬効に注目し、
アヘンの政府専売制を確立するに至った。

やがて日本の植民地となった朝鮮では、
建前上「アヘンの吸引が禁止された」。

つまり、日本刑法の 「あへん煙に関する罪」が
適用されるようになったわけだが、
これは、アヘンから精製される
「モルヒネ」や「ヘロイン」については
ほとんど野放しにされる、ということを
同時に意味していた。

もっとも、このころの帝国政府は
麻薬は「士気を喪失させる武器」 と考えており、
日本軍の将兵には その服用を禁じていた。

一方、朝鮮の民衆の間には
モルヒネ中毒が蔓延する結果となった。

第一次世界大戦で
欧米からのモルヒネ輸入が困難になると、
日本はモルヒネの国産化に取り組んだ。

朝鮮北部や満州で栽培された原料のケシを
朝鮮半島に建てられた工場へ運んで
モルヒネが大量に生産されるようになり、
総督府の専売制の下で売りさばかれた。

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朝鮮総督府編『朝鮮事情』 P99. ↑

日本軍が駐屯したアジア各地で
同様の専売制が敷かれ、
帝国へ巨額の富をもたらした。

・英語版Wikipedia-Economy of Manchukuo
(満州国の経済)より、以下拙訳。
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ケシ
 
ケシはアヘンを得るために栽培された。
1932年11月より、三井財閥がアヘンの国家専売制度に基づいてケシの生産を担った。
これは、地域的な麻薬の大量消費傾向を抑制しようとする「決意表明」などと称された。
栽培地は熱河省と吉林省北西部に限定された。
1934年から1935年の栽培面積は480平方キロメートルで、1平方キロメートルあたり1.1トンの収穫があったと評価された。
さらに上記以外の違法な栽培も横行して、その高い収益性は、この危険な麻薬の効果的抑制を妨げる結果をもたらすこととなった。
日本の麻薬商人の秘密結社である「弐キ参スケ」が、ケシ産業に参入した。
このグループは以下のメンバーから構成された。
星野直樹(陸軍軍人、思想家)
東条英機(陸軍軍人、政治家)
岸信介(商業界と右翼の庇護者)
松岡洋右(陸軍の追従者、外務大臣)
鮎川義介(満州重工業財閥の総裁)
久原 房之助(右翼思想家)
専売制は年間2000万から3000万円の利益を生んだ。
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拙訳終わり。
https://en.wikipedia.org/wiki/Economy_of_Manchukuo 「
弐キ参スケ」が6人いるのはご愛嬌だが、
東条英機や岸信介のことを 「麻薬商人」と断じているのは
英語版ならではの実に痛快きわまる記述だ。

なお、1935年の国際連盟の統計によれば、
日本のモルヒネの生産高は、世界第4位。
ヘロインとコカインに至っては なんと、
世界第1位だった。

大日本帝国は、「麻薬帝国」だったのだ。

そして第二次世界大戦が始まると、
かつて日本人科学者の 長井長義、
三浦謹之助や緒方章らが 発明した
「覚醒剤」(メタンフェタミン)を
大日本製薬が市販化に踏み切った。

やはり、朝鮮半島がその製造拠点となった。

敗色が色濃くなるにつれて
国家総動員体制を布いた日本軍部は、
「士気高揚のため」、自軍の将兵にも、
軍需施設で働く民衆にも、
覚醒剤の服用を推奨するに至った。
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そうした経緯から、「メタンフェタミン」を
大日本製薬が発売した際の
商品名であった「ヒロポン」が、
韓国では、覚醒剤の通称として
そのまま残っているわけである。

今なお、「クッポン」
(国家ヒロポン=韓国版ネトウヨの意)
などという語が流行語になるほどに
「ヒロポン」という単語は、
韓国社会一般に定着している。

日帝強占期の、民衆ヤク漬け政策。
そして、この呪縛から脱出できなかった
自民族の不甲斐なさは、
半島民衆の記憶に強く刻まれているのだ。

いま、満州国の麻薬王・岸信介の
孫に嫁いでファーストレディーとなった
安倍昭恵という人物が、
「田布施システム」とかいう
朝鮮差別史観を奉じた輩と組んで
「大麻は日本の伝統」
などと主張していることが、
隣国の民にとって見れば、
いかに強烈なトラウマを呼び起こす
歴史の皮肉と映ることか。
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そして彼女の夫である安倍総理も、
この事と決して無関係ではない。

彼は、日本のTPP参加を決定した。

「大麻解禁」論の背後にも、
やはりTPPがある。

かつての大英帝国と同じく、その旗印は
大国ご都合主義の「貿易の自由」である。

一国の未来を丸ごと左右しかねない
魔性の植物、その名はカンナビス。

日本の動向を横目に見ながら、
韓国社会もいま、アヘン戦争以来の
選択を迫られつつあると言える。

我々はいま、この点をしっかりと
理解をしておく必要があると思う。